[日誌]4月5日『木星の逆行』1

4月5日、「木星の逆行」の稽古初日。
渡邊さんと前原さんと僕はそれぞれ面識がなくて、今日会うのが初めてだった。

稽古場に着くと渡邊さんが外で待っていて、挨拶をした。稽古場の鍵が閉まっていて、渡邊さんが管理者に問い合わせをしてくれていた。
程なくして前原さんがやって来て、お互い自己紹介をしたところで、渡邊さんの携帯電話が鳴った。

稽古場の予約でちょっとした行き違いがあったらしい。あと10分ほどで鍵を開けてくれる人が来るみたいで…と渡邊さんが前原さんと僕に説明していたら、ちょうど鍵を持った人が来た。

中に入るとエアコンが動き始める音がした。
3人ともお互い距離をとったところに荷物を置き、部屋の隅で椅子に座って3人で向かい合った。
渡邊さんが駅で少し前に前原さんを見かけた、という話を始める。渡邊さんはそのときドーナツを食べながら歩いてたらしくて、前原さんと一緒にいた人の間でドーナツを食べて歩いてる子がいた、と渡邊さんが話題にのぼっていたことが判明した。
あとは住んでる場所の話とかをした。
セリフの読み合わせは結局犬飼さんが来るまでしなかった。

40分くらいしてから犬飼さんがやって来た。

最初に、犬飼さんから演劇におけるセリフの在り方についての意向が話される。
それぞれのセリフによってひとつの大きな流れをつくろうとするのではなく、それぞれにそれぞれの意識の流れがあるはずで、セリフはその表出であることを念頭に置いておいてほしい、というようなことを犬飼さんは言っていた。


役者からストップをかけ、今のところをもう一度、とか、質問、とかもありなので、という話のあと、読み合わせが始まる。
座っての読み合わせを重視したい、と犬飼さんは言った。それは、前述の意識の流れを汲むことに重点を置くためでもあり、指示の対象が動作と発言で混ざることを防ぐためでもある、とのことだった。

床のほうが身体が固定されている気がする、という理由で床に座って読み合わせをした。
渡邊さんと前原さんは履いていたスリッパを脱いでいた。

一度読み合わせをして、犬飼さんからいくつかの指示、少し間をおいて再び読み合わせ、という感じが1時間半近く続いた。
犬飼さんの指示は、セリフの読み方の直接的な指示というより、役の意識の状態についての説明、という感じのものが多かった。

セリフが役の意識の流れから切り離されていることを「セリフが立っている」と犬飼さんは言う。反対に、そうではない状態を「セリフが埋まっている」と表現する。

それから一度立ってやってみましょうか、ということになり、位置や向きの確認なんかをしてから、再び読み合わせを始める。
立ってやってみると、座っていたときには分からなかった役同士の距離感が可視化されるようになった。それで、座った状態の読み合わせだけではやはりだめだね、という話になった。

距離感の他にも場面の具体的な設定の話を少しする。エレベータは4つ並んでいて、建物は11階くらい、とか。
具体的なイメージの共有。もちろん、戯曲に直接出てこないような設定もある。
こういったイメージは完全に同じものを共有できるわけではないし、観客にそのまま伝わることもない。けれど、その設定のいくつかの要素を抑えることは、結果として役者や観客それぞれの経験に基づいたイメージの中から「同じようなもの」を引っ張り出し、リアリティを生むのだろう、と思う。

少しして、前原さんが空調をいじる。暖房が入ったり消えたりしてて、暑かったのかもしれない。
エアコンからはずっと、断続的にキキキキキキと嫌な音がしていて、それは空調をいじったあともずっとそうだった。

立って読み合わせを始めてからは、犬飼さんが割と細かく止めては最初から、ということが多かった。

渡邊「足湯があったりとか。」
前原「え?」
というところがあって、立ってからの読み合わせで何度目からか前原さんのセリフの読み方が大きく変わった。それまではただ聞き返すだけだったけれど、頭上を指すようなジェスチャが加わる。あれは前原さんが考えついたらしかった。そのポイントで犬飼さんが2度とも笑っていた。

そう、犬飼さんは稽古中時折声をあげて笑う。彼がおもしろいと思うポイントは読み合わせごとに異なるけれど、先のように同じところで笑うことも何度かあった。

最初は人2人分くらい離れて立っていた2人が、セリフを話すうちにどんどん近づいてしまうね、という話が出て、その日の稽古は終わりになった。

外に出ると降っているかも分からないほどに細かい細かい雨が降っていて、僕らは傘をささずに駅まで歩いた。

早稲田大学 文学部 演劇・映像コース演劇系在学中。