『木星のおおよその大きさ』について⑦
セリフを重ねるために

前回のつづきから話を始める。

私たちはそこに脚本があるかアドリブかを、感覚的に見分けられる。
いったいどこに違いがあるのだろうか。

もういちどこの脚本を参照しながら映像を見てほしい。

桃屋『ご縁ですよ!』【第1話 ラー油ちゃんの場合】

前回指摘した発話動機のもんだい以上に、大きな特徴に気がつく。二人の発話が重なっている箇所がかなりあるのだ。脚本が用意されている場合、このような同時に発話する状況をなかなかつくりにくい。

脚本では、セリフが発される時系列順に右から左へと(もしくは上から下へと)並べられる。ここに時間軸を錯視してしまう。まるで右から左へと均一な時間が流れているかのように。そのため用意されたセリフは、なにも意識せずにいると並んでいる順に発せられることになる。

脚本かアドリブか、人が感覚的に判別しているポイントは、ここにあるのかもしれない。

 

■平田式表記

「均一に流れない」会話の特徴を脚本に盛り込んだ例として平田オリザの戯曲がある。平田戯曲の特徴として、セリフに記号を打ち、発話のタイミングが指示される。

いま手元にある『南へ』『さよならだけが人生か』の戯曲を見ると、戯曲のはじめにこのような指示が記してある。

凡例
☆……同時に言う。

★……前の台詞の語尾に重ねて言う。
○……台詞の頭に少し間を入れる。
・・・……○より長い空白。(一秒ほど)
・・・・・・……○より長い空白(三秒ほど)
▽……言いながら登場する。

『南へ』

 

凡例
☆……同じ数の☆を、同時に言う。
★……前の台詞の語尾に重ねて言う。
/……うしろの台詞に断ち切られる。
・・・……空白。(一秒ほど)
・・・・・・……さらに長い空白。(三秒ほど)
△……そでの中で言う。
▲……そでにはけながらいう。
▽……言いながら登場する。
二段組、網掛け部分はほぼ同時に進行する。

『さよならだけが人生か』

これらの記号をセリフに配して、戯曲内でタイミングを指定する。この方法を参考にして、先ほどの脚本が映像の状態に近づくように整理をした。

この脚本に寄れば、セリフが同時に発話される箇所を意識的につくることができる。

平田式表記をしてみると、セリフのタイミングを整理するために、これまで一文で表現していたセリフを分割して、二、三行で表さなければならない箇所がいくつかあった。つまり、セリフが短くなり行数が増える。

行数が増えるということは、二役のあいだでのセリフ交換の回数が増えるということだ。つまり「キャッチボール型」発話を、演技者に意識づけてしまう恐れがある。

上画像の★(「前の台詞の語尾に重ねて言う」)が連続している箇所は、映像で確認すると「餅つき型」で会話されている。セリフの行は離れているが、演技者の意識としてはセリフはひと繋がりになっている。

平田式表記は、短いセリフの際に効果をいちばんに発揮するように思えた。セリフが長くなると、表記のしかたをどうしようか迷うところがあった。

 

■タイムライン式表記

従来の戯曲の表記方法では、不必要な「キャッチボール型」発話や意識のぶつ切りを、演技者に印象づけるところがある。このようなマイナス要素を避けるための表記をタイムライン式表記と呼ぶことにする。

タイムライン式表記ではこのようになる。

この方法では、発話される時系列が重視される。さらに「餅つき型」発話がうまく表現されているのではないだろうか(結果「キャッチボール型」発話の動機の起点を示しづらくなっている)。

脚本の表記が演技者の意識の流れに与える影響は大きい。そして私たちの普段している会話の複雑さを完璧に落とし込めるような表記方法は、平面の絵から立体物をつくりあげるように、存在しない。どこかに齟齬が生まれてしまう。

劇作家・演出家。 愛知県出身。 2007年-2015年、演劇カンパニー「わっしょいハウス」にて、主宰・劇作・演出として活動。現在は個人名「犬飼勝哉」として作品を発表する。2017年、急な坂スタジオ「坂あがり相談室plus」対象者として選出。同年12月、早稲田小劇場どらま館「どらま館ショーケース2017」に選出され作品を発表。